先日、近所をちょこっとジョギングしたら、普段運動不足なので心臓がめちゃめちゃバクバクしました。
そのときに思ったんです。
走った直後にこの心臓バクバクが起きるのは正常だけど、なんにもないときにこれが起きたら“動悸”って呼ばれるんだなーって。
心臓バクバク自体は人間に備わった正常な働きだけど、それが場違いな状況で起きると“異常”ですよね。
話が飛びますが、『なぜ世界はそう見えるのか』という本におもしろいことが書いてありました。
赤ちゃんはおすわり→ハイハイ→立つ、と決まった順番で運動能力を獲得していきますね。
でも、おすわり期にまわりの空間について学んだことは、ハイハイ期には引き継がれないそうなんです。
新たに身につけた能力(ハイハイ)で、世界をもう一度まっさらな状態で探検し、
自分はどんなことができるのか
どんなことをすると痛い目に遭うのか
一から学び直していくそうです。
興味深いのは、そうやってからだが把握した自分自身の身体能力・行為能力は、世界をどう知覚するかにも大きく関わっているということ。
たとえば、元気な子どもや若者は上り坂の傾斜をだいたい正確に見積もることができるそうですが、体力があまりない人とか、重い荷物を背負っていたり疲れていたりするときには、実際よりも傾斜がきつく見えるらしいんですね!
身体のリソース(今、身体が使える持ち札)には限りがあるので、生き延びるのに最適な行動を瞬時に選べるように、あえてそう見えるようになっているそうです。
そこには理由がある
動悸の話に戻りますね。
頭では「何もないのになんで心臓バクバクするんだろう?」って思ったりするけど、からだはバクバクさせるべき状況だと認識しているんだと思います。
言い換えれば、ご自身の中に2つの異なる認識が存在している。
だから、アプローチすべきはバクバクそのものじゃなくて、その認識の食い違いじゃないかと思います。
バクバク自体は必要な働きだから。
その場では必要じゃないんだけど、ほかの場面で必要になる機能だから、それはできればいじりたくない。
「バクバクさせなくていい状況かもしれないんだけど、どうかな?」ってからだに一石を投じてみて、からだが目の前の状況をもう一度まっさらな状態で経験し直したら、バクバクがおさまるかもしれません。
そうやってからだに一石を投じる方法のひとつがホメオパシーのレメディだと思っています。
ホメオパシーの説明で、レメディはご自身の「現在地」を知らせるものって書きましたが、この「ご自身の」というところが肝なんだと思います。
そのからだにとっての“今、ここ”を知らせる必要がある。
自分にとっての“今、ここ”がレメディという形で外側から入ってくることは、自分が認識している“今、ここ”を、外側の”今、ここ”と一致させる機会なのかもしれません。
その瞬間、初めてハイハイした赤ちゃんみたいに、ありのままの世界を全身で味わい、自分の認識と実際とをすり合わせることができるんじゃないかなって…
身体が変われば認識が変わる
この本に載っている様々な研究で明らかになるのは、身体の状態がほんのちょっと変わるだけで、現実が違って感じられ、行動が全然違ってきたりするということです。
たとえばお腹が空いていると、目の前のことのネガティブな面に注目しがちになるそうです(なるべくエネルギーを無駄にしないよう危険やリスクに敏感になる)。
金欠のときみたいな感じですね。出ていくものに超敏感にならざるを得ない💸
身体がエネルギーで満ちてくると、心も大らかになってくるようです。
ホメオパシーのトリートメントで人間関係やお仕事の状況まで変わっていくことがあるのも、身体の状態が変わるにつれて物事の捉えかたや行動が自然に変わるからかもしれません。
考え方や行動を変えようと思って変えるのってものすごーく大変だけど、身体が変わるといつの間にかスルッと変わっていたりすると思います。






